東京地方裁判所 昭和43年(合わ)348号 判決 1970年7月24日
主文
被告人は無罪。
理由
<前略>
(2) 自白調書の証明力(信用性)
(イ) 自白の裏付証拠について
検察官は、前記第二、二において示したような主張をして、本件自白調書に十分な裏付証拠があり、したがつて、その信用性があると主張する。順次検討する。
1 アリバイについて
検察官は、被告人において最初犯行当日には全然弁天商会から外出していないとアリバイを主張していたのに、その後すぐに犯行時刻ころ外出したことを認め、その外出した事実につき裏付け証拠があると主張する。これに対し、被告人は、当公判廷において、犯行時刻前の当日午後六時三〇分ころ外出したことを認め、捜査の初め外出しないと述べたのは、「外出していないような気がしたから」「言つても信用しないから」などと弁解している。鈴木千恵子、原田光蔵、酒井美代子の司法警察員に対する各供述調書によると、被告人が捜査官に自供したとおり、柴田商店ですでに電話をしていた第三者がいて、その自供した状況と符合していることが明らかであるから、被告人が犯行当日の午後六時三〇分から午後七時のニュースの時刻ころの間に右柴田商店へ電話をかけるために来合わせ、そのこ都営住宅の公衆電話(4)から兄のところに電話をかけたと認められる。その点被告人が警察官にそのことを供述しないで、当日は全然外出しない、寮で少年マガジンを読んでいたというのは、明らかに事実に反する。また、その取調のあつた日の午後にいたつて、被告人は、今度は外出した事実を認め、さらに兇行現場にさしかかる手前あたりで、被害者に会つて声をかけたことはあるが、刺したことはないと犯行を否認し、なお、被害者に声をかけたのは、「被害者が怪我でもしていたら助けてやろうと思つたからだ」と妙なことを述べるにいたつた。この供述の変化と右参考人の供述とを対比すると、被告人がそのご犯行を全面的に自供したことについては、相当の信ぴよう性をもつ。また第二回公判調書中の証人土屋豊、同市川善三の各供述部分によれば、土屋豊が当夜七時すぎに弁天商会第二寮の休憩室にきたさいには被告人はまだそこに居らず、また市川善三がそのしばらく後の七時二〇分ころ右休憩室に下りたときには被告人は既に同室の椅子に腰かけて煙草を喫つていたことが認められるので、この点も検察官は右信ぴよう性に関し有力に主張する。しかし、むろん右各参考人や証人らの裏付け供述だけでは断定はできない。けだし、被告人の当日の行動について、被告人が当公判廷において弁解することに証拠上、後記のような、合理性がないわけではないからである。(後記五(1)参照)
2 果物ナイフの所持について
検察官は、本件自白の信ぴよう力を担保する裏付証拠として被告人が以前本件兇器と酷似する果物ナイフを所持しており、本件犯行後これを所持していない事実をあげる。
a 被告人が所持していた果物ナイフと本件兇器との同一性
<証拠>を総合すれば、被告人が本件兇器であるクリーム色柄の二つ折フルーツナイフと型・柄の色彩において類似する果物ナイフを本件犯行前の九月終りごろまで所持していた事実、および本件後はその所持していたナイフが被告人の身辺からなくなつていた事実は一応認められるところである。そして、事件後捜査に来た刑事に本件の兇器を見せられた弁天商会の従業員のある者は被告人の持つていたナイフと似ているので驚いたということであり、また被告人に嫌疑がかかるから以前被告人がナイフを持つているのを見ないことにしようと相談し合つた事実も窺われるから、被告人が以前所持していたナイフと本件兇器たるナイフとの関連性が相当濃厚であるとも言える。これに関する被告人の弁解が一定せず、流動的である点を考えるとさらに疑わしい。しかし本件兇器のナイフは型・色において特殊なものではなく、一見してどこにも市販されているありふれた果物ナイフと考えられること、前記証人中後、同梅香も被告人のナイフを手にとり十分に確めたものではないこと、弁天商会の従業員にはナイフを持つていた者は他にも何人かいたこと、被告人らの寮は、各部屋への出入りが自由で、各人の持ち物の管理もずさんであつて、紛失しても不思議でないこと、本件兇器には被告人の指紋が付着してないことなどを証拠に照して考えると、本件兇器が被告人の所持していたナイフと同一の物であると断定することはできない。
b ナイフの購入先
検察官は、被告人のナイフの所持に関連して、上野の菊季刃物店で以前本件兇器と同じ型・クリーム色の果物ナイフを販売していたということが、被告人の自白によつてはじめて確認されたものであるから、その自白調書に十分の信ぴよう力があると主張する。しかしながら<証拠>によると、前記捜査の概要で示したとおり、捜査の当初から本件兇器については刃物屋・金物屋を多数捜査しており、一〇月一二日に本件印の兇器が発見され、早速製造元へ照会していること、照会については書簡のみならず電話ででも行なつていること、型ナイフの東京方面の販売先は菊季刃物店のみではなく、本件兇器と同色、同型のナイフは都内、近県一円に相当数市販されていたこと、一方一一月四日被告人を取調べた結果(右兇器の購入先を自供したが購入時期の点は未だ不明であつた)を調書にはとらず、翌日捜査員が菊季に赴いて、被告人の自供を確認したことにしてあり、次いで一一月七日になつてこの点の自白調書をとつておることなどの事実が窺われ、この点、なぜ右の一一月四日に調書を作成しなかつたのか特段の事情も窺えないのみならず、被告人は、休日には、よく上野かいわいを遊んでいたのであつて、したがつてその供述に前示菊季刃物店が出たからといつて、これと本件兇器の出所とを不動のものとして関連づけるのは、いささか早計であろう。
3 同種の前歴と性的関心について
検察官は、本件自白調書の直接の裏付証拠ではないけれども、その信ぴよう性を保障するものとして、被告人の同種前歴と日常の性的関心について強調している。
<証拠>によると、被告人は、前記のように知能が低いというものの、その性格が感情的に深みのない平板的で、発揚しやすく、精神薄弱者にしては、思春期の発動もあり、その障害のために性犯罪類似の問題をおこしやすいとされ、現に昭和四一年一一月ころ上野公園内で婦女につきまとつて警察官に補導されたし、また、昭和四二年六月二八日ごろ北鹿浜小学校の正門近くで通行中の青木信江に対し、腕をつかんで乱暴し、警察官に捕まつた前歴がある。一方自室では、同僚者があるとはいえ、ヌード写真を壁にはりつけて楽しんでいたり、休日には酒をのんでホステスにもてはやされることを異常に喜んでいたりしていたふしがある。ことに右青木信江に対する場合と本件の場合とでは、その手口がきわめて類似している。もつとも青木のときは、兇器を使用していないという差異はある。してみると、本件においても、被告人が本件林和枝を殺害するという、はつきりした動機はないにしても、自己の性的衝動から本件を敢行したのではないかとの疑念も持たれる。しかも被告人は、一〇月三日は朝から仕事を休んでいたのであるから、なお、一層その疑いがつよい。しかし、本件では、これをもつて被告人の自白調書の信ぴよう性を不動のものとするであろうか。被告人が前示のように知能低格者であるということが、一面本件の犯行の動機の点で結びつくと同時に、他面そのゆえで、また、その自白の信ぴよう性を阻害することにもなる。けつきよく、右の事実は、被告人の自白調書の裏付証拠として十分ではない。
(ロ) 自白調書の不合理性について
つぎに、本件自白調書にある供述の不合理性の若干について検討する。
1 ナイフ携行の動機
被告人は、昭和四三年一一月一二日付司法警察員に対する自白調書の中で、ナイフをもつて外出した理由として女を脅すためと自分に怪我をさせた自動車運転手に会つたらその男を刺すためであると供述している。この点については、すでに弁護人も指摘するごとく、当時被告人が、右の運転手の所在などを知つていたという証拠はない。してみると、いかに被告人が自供したからとはいえ、運転手を刺すためにナイフを携行したということは、全く合理性に欠けるものであつて、ひいては、被告人の自白調書全体に対する信ぴよう力にも影響するところである。被告人は、同様のことを検察官に対しても供述した。
2 ナイフの持ち方
犯行時のナイフの持ち方について、被告人の自白調書は、警察、検察庁を通じてともにナイフを逆手に持つたとしているけれども、刃を内側(身体側)に向けていたか、外側に向けていたかの点については供述がくい違つている。司法警察員に対する同年一一月一二日付調書では、図示して、刃は外側に述べているが、検察官に対する同年一一月一七日付調書では刃は内側である旨供述し、さらに司法警察員作成の同年一二月二七日付「犯行時の行動再現状況について報告」と題する書面では、同年一一月一八日にしたナイフの持ち方、犯行状況の再現をした添付写真によると明かに刃を外側に向けており、また、更に同年一一月二〇日付の検察官に対する供述調書では被告人の書いたという図面で刃を内側に向けている。本件では、ナイフの持ち方が血液付着の有無傷の状況等に関連して重要な問題点であるから、捜査当局でも、わざわざ図面を書かせたり、写真撮影までしたりしていると考えられるのであるが、なぜこのように被告人の供述がその都度変転するのであろうか。取調官は、被害者の受傷個所をし細に調査したうえ、慎重に被告人からその供述を得たものかどうか、にわかに理解することができない。このことは、けつきよく被告人の捜査官に対する自白調書の不備ということにならざるを得まいし、同時に捜査官に対し、迎合して供述した疑いのある自白調書ともいえよう。
3 受傷状況と合致するか
被告人の自白調書では、兇器の持ち方が一定していないのであるが、かりに刃を外側に向けて持つたと想定した場合において、本件受傷は可能であろうか。前記「犯行時の行動再現状況について」と題する書面の写真(7)(9)(これは刃を外側に向けている)、当公判廷における証人大岩正博の供述により加害方法として認められるところの、上から振り落とす方法でまず、(A)前頸部左側の創口の長径5.5センチメートル深さ2.5センチメートルの中等傷の切創(前記鑑定人船尾忠孝外一名作成の鑑定書の(5)の傷で、上下両創角はほぼ尖鋭である)、(B)、左側頸部の皮膚刺入口の長径1.5センチメートル、深さ3.7センチメートルのやや軽傷の刺創(同じく(6)の傷で、上創角鈍、下創角ほぼ尖鋭)、(C)項部左半部の創口の長径7.0センチメートル、深さ2.0センチメートルの中等度の切創(同じく(7)の傷で、左右両創角ほぼ尖鋭)の各傷害が生じうるかについては、右鑑定書の記載ならびに添付された被害者の受傷写真等に照しても疑問がある。すなわち、被告人の自白による兇器の持ち方と被害の受傷状況が科学的に合致するかどうかの明確な証拠がないといわざるを得ない。
4 犯行後の行動
被告人の自白調書を通覧すると、さ細なところに多くの不合理な点や、首尾一貫しないところがある。たとえば、司法警察員に対する同年一〇月二九日付供述調書では、被害者を刺したという重大な事実を認めておりながら、ナイフをどこに捨てたか覚えていないという。ところが、そのご司法警察員に対する同年一一月一五日付供述調書では、「ナイフを棄てたところはよくわかつてたけれど、本当のことを話すとナイフを捨てたところからナイフを探しだされると思つて本当のことを話しませんでした」と供述している。事実として、本件証拠によれば、前示のように、兇器は当時捜査官によりすでに発見されていたし、弁天商会の関係者にこれが見せられており、したがつて被告人もそのことを知つていたと推定される。また、被告人は「どんなに血がついているか確めるため」に明るいところを探そうとしてあつちへいつたり、こつちへいつたりした趣旨のことを供述しているが、これなどは、被告人の行動の説明としては、きわめて不自然であるし、いつたい果して当時そのようなことをしたのかも疑われ、また血液のついていた両手の場所についても供述は一貫していないこともあり被告人は、何の根拠もなしに、まんぜんと供述しているのではないかという節も窺われ、この点からしても、本件捜査官に対する自白調書の証明力に疑問がある。
(ハ) 以上(イ)および(ロ)の説明から明らかなように、被告人の本件自白調書は、もちろんその任意性等証拠能力に疑いがあるわけではないが、けつきよく、被告人が果して取調官に真実を供述したものかどうかについて十分な疑問があり、したがつて、これをもつて本件犯行の決め手になる証拠とすることは、とうていできない。
五、被告人の弁解と証拠の不明
被告人の有罪を左右する自白調書の信用性のないことについて叙上説明したとおりであるが、さらに、ここで被告人の当公判廷の弁解の合理性いかんと、これに関連する従来の供述について検討し、あわせて本件公訴事実の証拠の不明について言及する。
(1) 弁解に基く当日の行動の可能性について
被告人が当公判廷において犯行のあつた一〇月三日夕刻自己のとつた行動経過について主張するところは、前記第二一(1)摘示のとおりである。ところで、このような被告人の弁解する被告人の行動が、当時の現場における人の通行状況と道路関係から他の関係証拠と矛盾することなく、可能かどうかである。被告人は、前段四(2)(イ)1で言及したように、当日夕刻、午後六時三〇分ころ弁天商会の寮を出て、柴田商店へ電話をかけに行き、そこで、一〇分ないし一五分電話のあくのを待ち、さらに都営住宅の公衆電話をかけ、そのご、その弁解する道順を通つたとしても、当裁判所の検証調書の結果判明した、弁天商会裏門(2)から柴田商店(3)までの所要時間が、普通の歩行速度で約三分、同商店から右公衆電話(4)までのそれが約五分三〇秒、同所から市川方前までのそれが約三分一五秒、同人方前から本件犯行現場までのそれが約二分三五秒であつて、以上所要時間の合計が約一四分二〇秒となり、また、犯行現場から弁天商会の正門までは、実測時間の検証をしてないけれども、右の各所要時間からすれば、せいぜい三分内外のものと推定されるから、それに、電話を待つた右の一〇分ないし一五分と公衆電話をかけた所要時間として約二分くらいをこれに加算すると、約二九分二〇秒ないし三四分二〇秒という勘定となるから、被告人が、その弁解どおり午後七時五分ないし七時一〇分前後に弁天商会の休憩室にかえりつくことは、決して不可能とは言えまい。そしてそのさい、被害者の林和枝に会わないのは当然であり、また、前に説明した渡辺淑子にも鈴木利夫にもその姿を見られないことになることも、前に示した現場の状況説明から明らかであろう。してみると、かかる被告人の弁解の立つことを事実認定上無視することは、証拠判断のさい、とうてい許されないことになる。
(2) 本件の目撃証人の供述について
検察官は、目撃証人として証人金子忠吉の供述を重視するようである。第二回公判調書中証人金子忠吉の供述部分によると、当日午後六時五〇分からのニュースが終り、「意地悪ばあさん」が始まり、四、五分したころ新築現場の前の通りを知合いの清水さんが通り、しばらくして被害者の林和枝が通る。林さんのあとだいたい二〇メートル位のところを急ぎ足で歩いていつた男がいる。その男は、年令が二六、七歳で、身長は低い、服装は、ねずみか紺色の作業衣で黒いようなズボンをはいていた。髪はバサツと前にたおしていたが、身長は五尺二寸くらいで林さんよりひくい、という目撃証言をしていることがわかる。この供述と被告人がその時刻ころ同場所を通つたことを併わせて考えると、林和枝のあとを通つた男が被告人ではないかともおもわれ、ことにその背格好の点についてみると、一層そのように疑われる。しかし、被告人の弁解によれば、まず、着衣が異るし、髪形も違う。それよりも、証人大出克航の目撃した犯人らしい人物の背丈、服装とも必しも一致していない。大出証人は、その男をわざわざ乗つていた自転車を停めて見ていたのであるから、その供述は、それなりで金子証人のそれより信用してよい条件にある。もつとも金子証人は、七、八メートルの距離から見ているのに、大出証人は、約二〇、三〇メートルのところから見たという差はある。しかしながら、この二人の目撃証人は、いずれも、その目撃した犯人らしい男が被告人本人であると断定をしない。大出証人の見た人物は、本件の犯人である公算が大きいが、その人物は、いつたい何者か、ということは、当法廷では証拠上かいもくわからない。
(3) 被告人の着衣の血痕付着等について
被害者の受傷状況とその出血状況からして、もし被告人がその加害者であるとすると、その着衣に被害者の血痕が付着していないかという疑問が当然おこる。鑑定人船尾忠孝外一名作成の鑑定書によると、被害者には、主なる傷害として、後頭部左側に深さ3.0センチメートルのやや軽傷の刺創(同鑑定書(1)の傷)、後頭部左側に致命傷となつた深さ3.1センチメートルの刺創(同(2)の傷)、前頸部左側に深さ2.5センチメートルの中等度の切創(同(5)の傷)、左側頸部に深さ3.7センチメートルのやや軽傷の刺創(同(6)の傷)、頸部項部右側に深さ10.7センチメートルの中等傷の刺創(同(8)の傷)のあることが認められ、一方、司法警察員作成の昭和四三年一〇月一一日付実況見分調書によると、兇行現場と思われる地点に、南北の径約1.1メートル、東西の径約0.9メートルの範囲内に中等量の滴下血液痕があり、さらにその周囲には細かい血液の飛沫痕と思われるものが散乱していることが認められる。以上の状況と被害者の出血状況を説明した証人兼鑑定人船尾忠孝の当公判廷における供述とを総合すると、加害者たる犯人の着衣、はきもの等に当然そのさい被害者の血液の飛沫等が付着すると思われる。ところが、捜査当局では、前に示したように被告人の衣服等を押収したうえ、その血液付着の鑑定をしたもののようであるが、その血液付着の結果を得られなかつたということである。当裁判所は、この点念のため、職権で東大法医学教室にその旨の鑑定を依頼した結果、鑑定人三木敏行の報告した鑑定書では、当時被告人が着用していた、ワイシヤツ、青色Gパン、丸首シヤツ、サンダルにつき、肉眼検査、ベンチジン試験、リユーコマラカイト試験、化学発光検査、ヘモクロモーゲン試験、フイブリン平板法の各方法により血液の付着を鑑定したが、すべてマイナスで、血液の付着を立証できないということであつた。なお、押収してある本件兇器たるナイフの破損状況からすると、加害当時、犯人の手に何らかの傷をうけているのではないか、とも考えられるが、その点被告人がそのような傷を手につけていたという証拠はない。以上のように、加害者とされる被告人の着衣等に血痕の証明がないとか、その手に特段の傷がないということは、むろん決定的要素と見られないにしても、被告人がその犯人でないという合理的な疑いのある事項であるといえよう。
六、結論
以上本件においては、被告人が面会に来た実母に「二度としない」と誓つたことや、精神衛生の診断医、さらに勾留裁判官にまで、犯行を認めた点その他をみると、被告人が本件の犯人ではないかという相当の疑いはあるけれども、しかしながら被告人を真犯人とする決め手となるべき直接的かつ客観的具体的証拠はなく、また被告人を本件犯罪事実と結びつけるべき捜査段階における自白調書も、その信用性がなく、むしろ、その弁解についても、一部合理性がないではないから、結局本件犯罪の証明は不十分であるといわざるをえない。
よつて刑事訴訟法三三六条により、被告人に対し無罪の言渡をなすこととし、主文のとおり判決する。(向井哲次郎 真田順司 中西武夫)